サッカー日本代表と神無月の巫女

 日本サッカーには自分たちのスタイルがない。早く確立しなければならない。といった話を最近めっきりと聞かなくなりました。サッカージャーナリストの後藤健生氏などが、日本は戦前からずっとショートパス主体のサッカーをしてきたと主張したからです。
 しかし、昨日のカザフスタン戦を見て、やっぱり日本「代表」には攻撃のスタイルがないのではないかと思いました。ショートパスでタメを作ってサイドバックのオーバーラップというのはわかるのですが、タメのタイミングは全て10番系選手任せ。このことは10年間言われていることなのにいまだに改善無しです。また今の代表では同じ選手しか使われないのでレギュラーが怪我したらどうするのでしょう?

 話は変わります。90年代前半の日本代表CBだった熱い柱谷と寡黙な井原をまるで月と太陽のようだと形容されたのは同じくジャーナリストの武智幸徳氏(この人のサッカー観は素晴らしい!)。懐古主義ではありませんが、あの頃の日本代表は凄かった。「監督のサッカーはつまらない」とか多かれ少なかれどの選手も言っていたのですから。今同じことをやったら(中村選手や宮本選手がジーコ監督のサッカーはつまらないと言ったらスポーツ新聞は1週間はネタに困らない)凄いことになるでしょう。
 「じゃあ、あなたはチームの和を乱す選手が好きなのか?」違います。ただ今のチームはなんとなくおとなし過ぎるというか(しかも、監督に対する不満は存在し、「まあ言っても・・・」と雰囲気がなんとなくする)。なんとなく我慢している選手を見るのは私の精神衛生上よろしくない。アウトロータイプの選手出て来い。

 2004年の怪作アニメ「神無月の巫女」。(原作者の趣味丸出しの内容で、それについていけるかで評価は結構変わります。個人的には結構好き)最終回にこんなセリフがありました。
 「月は太陽があるから輝けるのよ」
 「太陽は月があるから輝き続けられるの」(うろ覚えです)
 この発言が正しいか正しくないかは別として、今の日本代表は月だけで無理やり輝こうとしているようでならないのです。結局バランスの問題なのでしょうが。
 それとも神無月の巫女のように「優等生がプッツリいくとなにしでかすかわかりませんよ」という隠れた狂気が実はあったり・・・・